「まつり・イベント」カテゴリーアーカイブ

源平船合戦海上パレード:関門海峡が戦場に!武者80人が織りなす壮大な時代絵巻

関門海峡が戦場に!紅白の旗や幟をたなびかせた80隻あまりのいくさ船が海峡を埋め尽くし、源平の最終決戦である壇之浦の戦いを再現する壮大な海上パレードが開催されます。

甲冑を身にまとった武者や官女たちが時代絵巻のごとく繰り広げる戦いの模様は、唐戸地区のボードウォークから一望できます。歴史好きはもちろん、家族連れやカップルにもおすすめのイベントです。

開催日時

  • 毎年5月3日

場所

  • 関門海峡

観覧場所

  • 唐戸地区ボードウォーク

アクセス

  • JR山陽本線下関駅から徒歩15分
  • 山陽新幹線下関駅から徒歩20分

駐車場

  • あり(有料)

問い合わせ

  • 下関市観光コンベンション協会 083-228-2211

2017年 極楽寺花まつり法話コンサート「ヒビキノツヅキ」:笑顔と歌声が響き渡った心温まる2時間

2017年3月27日、極楽寺花まつり法話コンサート「ヒビキノツヅキ」が開催されました。大阪真宗寺の牧野法生師と滋賀浄光寺の藤澤彰祐師を迎え、子供から大人まで楽しめる心温まるコンサートとなりました。

オリジナル曲や「見上げてごらん夜の星を」「365歩のマーチ」など、懐かしの名曲をみんなで合唱。子供会活動も行う藤澤先生による楽しい打楽器プチレッスンでは、子どもたちが様々な楽器でリズムを取り、笑顔満開になりました。

歌と歌の間には、法話も聞かせていただき、心温まる2時間のひとときとなりました。

【彦島八幡宮】神秘の光に導かれた開拓の祖!サイ上り神事の起源と歴史

神秘の光に導かれた開拓の祖

河野通次は伊豫水軍の祖であり、伊豫の国(愛媛県)勝山城主でしたが、保元の乱に敗れて彦島に逃れました。農夫漁夫として再起を図るも、武士の生活に無常を感じ、彦島に永住を決意します。

光り輝く八幡尊像

それから20年後、通次はある日沖で漁をしていると、海上に紫色の雲と黄金色に光る物を見つけます。網で引き揚げると、それは一台の明鏡であり、鏡の裏には八幡尊像が刻まれていました。

神託を受け、社殿を造営

通次は一族の護り本尊と喜び、海辺の一小島に祠を造営し、鏡を納めて「光格殿」と命名しました。これが彦島八幡宮の発祥です。

「サイ上り」神事の始まり

その後、通次は森の楠で刻んだ八幡尊像を光格殿に奉納し、武運長久と一族の繁栄を祈りました。そして、「サァ揚らせ給う」と大声で叫びながら舞を踊り、これが「サイ上り」神事の始まりとなりました。

四代孫・道久の代に現鎮座地へ遷宮

正平四年(1349年)、四代孫・道久は八幡大神の御託宣を受け、現在の鎮座地である「宮ノ原」に社殿を造営しました。

口碑伝説

彦島八幡宮には、河野通次やサイ上り神事に関する様々な口碑伝説が残されています。

歴史と文化を体感できる場所

彦島八幡宮は、彦島の歴史と文化を体感できる貴重な場所です。サイ上り神事の起源や歴史を知り、神秘的な雰囲気を味わってみてはいかがでしょうか。

アクセス:

項目内容
所在地山口県下関市彦島迫町5丁目12-9
交通JR下関駅からバス14分「東圧正門前」下車、徒歩3分下関 I.Cから車14分
問い合わせ彦島八幡宮 083-266-0700

蚕種祭:日本養蚕発祥の地で歴史と文化に触れる伝統行事

日本養蚕発祥の地、下関市

今から約1800年前、秦の始皇帝の子孫である功満王が、仲哀天皇に蚕種を献上したのが、日本における養蚕の始まりとされています。その歴史を刻む「蚕種渡来の地」の碑は、山口県下関市にある忌宮神社境内に建立されています。

碑の建立と歴史

高さ約6.3メートル、重さ約37.5トンの自然石は、山口県最大級の大きさを誇ります。昭和8年(1933年)に、全国からの寄付によって建立されました。碑文には、日本への蚕種渡来の歴史と、この地が養蚕発祥の地であることが記されています。

毎年3月28日開催:蚕種祭

毎年3月28日には、「蚕種祭」が開催されます。祭典では、蚕の豊作を祈願し、生糸つむぎや機織りの実演が行われます。伝統的な衣装や機織りを見学し、日本の養蚕文化を肌で感じることができます。

アクセス

  • JR長府駅からバス7分「城下町長府」下車、徒歩5分
  • JR下関駅からバス23分「城下町長府」下車、徒歩5分

問い合わせ

  • 忌宮神社:083-245-1093

4. アクセス情報

項目内容
所在地山口県下関市長府宮ノ内町1-18
交通* JR長府駅からバス7分「城下町長府」下車、徒歩5分 * JR下関駅からバス23分「城下町長府」下車、徒歩5分
問い合わせ忌宮神社:083-245-1093

関門海峡の冬を彩る神秘的な儀式「しめなわ祭」

幻想的な霧に包まれた海峡に、しめなわが架かる

冬の関門海峡といえば、濃霧が有名です。そんな深い霧の中、海に浮かぶ烏帽子岩にしめなわを張る「しめなわ祭」が毎年12月10日に行われます。

海の神様への願いを込めて

古くから伝わるこの神事は、烏帽子岩が海の神様であると信仰されていたことに由来します。神職は海に渡り、長さ約8メートルのしめなわを張り替え、五穀豊穣と航海の安全を祈願します。

幻想的な雰囲気に包まれて

早朝、まだ薄暗い海峡に神職の船が近づくと、濃霧の中から烏帽子岩が姿を現します。神職は岩に登り、しめなわを張り替え、海峡を行き交う船を見守ります。

冬の関門海峡を彩る風物詩

しめなわ祭は、関門海峡の冬を彩る風物詩として、多くの観光客が訪れます。濃霧に包まれた幻想的な雰囲気の中で行われる儀式は、見る者に深い感銘を与えるでしょう。

しめなわ祭: 航海の安全と豊漁を願う関門海峡の冬の風物詩

下関市壇之浦町にある烏帽子岩は、海難防止の守り神として地元の漁師たちから敬われています。

大石が倒れた後に起こった災難

昔、この大石が激しい潮の流れによって海中に倒れたことがありました。

大石が倒れて十日あまり経った頃から、壇ノ浦の町内に大雨、台風、火災、疫病と悪いことが続くようになりました。

町の人々は不安になり、毎日集まって相談しましたが、解決策が見つかりませんでした。

老漁夫の夢のお告げ

ある日、老漁夫は夢枕に狐が現れ、「大石を早く起こさねば災難は更に続くであろう」と告げられました。

大石起こしとしめなわ祭の始まり

老漁夫は町の人々に夢のお告げを伝え、皆で協力して大石を起こすことにしました。

町内の者が総がかりで作業を行い、ようやく大石を起こすことに成功しました。

人々は喜び合い、大石に注連縄を飾ったり、お酒を供えたりして、お祭りをしました。

災難の終焉と豊漁

大石を起こした後は、災害がなくなり、嵐もおさまって、魚がたくさんとれるようになりました。

しめなわ祭の現在

しめなわ祭は、この故事に由来する航海の安全と豊漁を願う祭りです。

毎年12月上旬に、壇之浦地区の海中に立つ烏帽子岩で行われています。

地元の赤間神宮の神職が岩に登って、しめ縄(長さ5メートル、重さ20キロ)を張り、お神酒などをまく神事です。

関門海峡の冬の風物詩として有名で、多くの人々が訪れます。

アクセス情報

  • 所在地:下関市壇之浦町6番?
  • 交通:
    • JR下関駅からバス12分「みもすそ川」下車、徒歩3分
  • 問い合わせ:赤間神宮 083-231-4138

歴史ロマン体感!朝鮮通信使:江戸時代の外交と文化交流

江戸時代の外交と文化交流を担った朝鮮通信使

朝鮮通信使は、江戸時代を通して朝鮮王朝から12回派遣された外交使節団です。将軍の代替わりや世継ぎの誕生を祝賀するために来日し、文化や技術の交流も行いました。

下関市:朝鮮通信使の重要な通過点

朝鮮通信使は、釜山から海路で対馬に渡り、馬関(現在の下関市)を経て瀬戸内海を航行し、江戸へ向かいました。下関市は、朝鮮通信使にとって重要な通過点であり、当時の様子を伝える資料や史跡が数多く残されています。

馬関まつり:朝鮮通信使行列を再現

毎年8月23日に開催される「馬関まつり」では、朝鮮通信使行列が再現されます。華やかな衣装をまとった行列は、当時の様子を彷彿とさせ、多くの観光客を楽しませています。

アクセス

項目内容
所在地山口県下関市唐戸町6-1
交通JR下関駅からバス7分「唐戸」下車、徒歩2分
問い合わせ下関市観光振興課:083-231-1350