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【下関】赤間神宮の境内にひっそりと。満州から帰還した「大連神社」の数奇な運命

下関の代表的な観光名所、竜宮城のような楼門で有名な「赤間神宮」。

その境内の奥まった場所に、かつて中国・満州の地を見守り、戦後、奇跡的に日本へと帰還した神社があるのをご存知でしょうか?

その名は「大連(だいれん)神社」。

明治時代、満州国大連市の総氏神として創建され、戦後の混乱期を経て、ここ下関の地に鎮座することになった数奇な運命を持つ神社です。

今回は、歴史のロマンと平和への願いを感じる、知る人ぞ知るパワースポット「大連神社」をご紹介します。


🌊 海を渡って帰ってきた神様

大連神社はもともと、明治39年(1906年)、日露戦争後に満州(現在の中国東北部)の玄関口である大連市に創建されました。

当時、大連に暮らす多くの日本人の心の拠り所(総氏神)として親しまれていました。

宮司が守り抜いたご神体

終戦後の昭和22年(1947年)、大連神社の運命は大きく動きます。

当時の宮司であった水野久直氏の手によって、ご神体と神宝が大切に日本へと持ち帰られたのです。

混乱の中、海を渡って無事に日本へ帰り着いたことは、まさに奇跡と言えるでしょう。

帰国後は、一時福岡県の**筥崎宮(はこざきぐう)**に仮安置されましたが、その後、水野氏が赤間神宮の宮司に就任した縁で、この下関の地に祀られることになりました。


⛩️ 社殿は「伊勢神宮」からの贈り物

現在の大連神社の社殿にも、すごい秘密があります。

実はこの建物、あの伊勢神宮から譲り受けたものなのです!

昭和48年に行われた伊勢神宮の「第60回神宮式年遷宮」の際に古社殿を譲り受け、昭和55年(1980年)に現在の場所(赤間神宮本殿の北東)に移築されました。

満州からの帰還、そして伊勢神宮からの移築。二重の歴史を持つ、非常に珍しく尊い社殿です。


ℹ️ 基本情報&アクセス

赤間神宮を参拝する際は、ぜひ境内の奥まで足を運んでみてください。

項目内容
スポット名大連神社(だいれんじんじゃ)
場所赤間神宮 境内(本殿北東)
(山口県下関市阿弥陀寺町9)
拝観料無料
お問い合わせ083-231-4138(赤間神宮)

🚗 アクセス

  • 【バス】
    • JR「下関駅」からバスで約10分、「赤間神宮前」下車すぐ
  • 【車】
    • 中国自動車道「下関I.C」から約15分(赤間神宮駐車場あり)

💖 まとめ

中国・大連から海を渡り、伊勢神宮の古材で再建された「大連神社」。

赤間神宮の華やかさとは対照的に、静かに佇むその姿からは、激動の時代を生き抜いた力強さと、平和への深い祈りが感じられます。

下関観光の際は、ぜひ赤間神宮とあわせてお参りし、歴史のドラマに思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

 

【下関】吉母海水浴場は「本州一遅い夕暮れ」の絶景ビーチ!

下関市吉母(よしも)町にある「吉母海水浴場(よしもかいすいよくじょう)」。

ここは、ただ泳ぐだけのビーチではありません。

なんと、**「本州でいちばん遅い夕暮れ」**を楽しむことができる、知る人ぞ知るロマンチックな絶景スポットなのです。

遠浅で美しい砂浜と、日本海に沈みゆく感動的な夕日。

夏はもちろん、季節を問わず訪れたくなる吉母海水浴場の魅力をご紹介します!


🌅 本州で一番遅い「マジックアワー」を独り占め

吉母海水浴場の最大の見どころは、水平線に沈んでゆく太陽と日本海の夕暮れです。

地理的に西に位置する下関の中でも、ここは本州で最も遅い時間まで夕日が見られる場所の一つと言われています。

整備された展望広場から眺める夕日は格別。

空と海が茜色から深い青へと変わっていく「マジックアワー」を、どこよりも長く楽しむことができます。

デートの締めくくりや、ひとり静かに景色を眺めたい時にぴったりのロマンチックなスポットです。


🏖️ 夏は遠浅で美しいビーチとして大人気!

もちろん、夏の海水浴シーズンには多くの人で賑わう人気のスポットです。

遠浅で波も穏やかなため泳ぎやすく、砂浜も美しいのが特徴。

家族連れやグループで、透明度の高い日本海を満喫するのに最適です。


ℹ️ 基本情報&アクセス

項目内容
スポット名吉母海水浴場(よしもかいすいよくじょう)
所在地〒759-6541 山口県下関市吉母
特徴遠浅の砂浜、展望広場あり

🚗 アクセス

  • 【車】
    • 中国自動車道「下関IC」から約35分
  • 【バス】
    • JR山陰本線「吉見駅」からバスで約8分、「吉母」バス停下車、徒歩

💖 まとめ

美しい砂浜で夏を楽しみ、夕暮れ時には「本州で一番遅い夕日」に癒やされる。

吉母海水浴場は、昼も夜も違った表情で訪れる人を魅了します。

次の休日は、下関の西の端で、時間を忘れてゆっくりと過ごしてみませんか?

 

とんがりぼうし豊浦川棚温泉の玄関口!「とんがりぼうし豊浦」で地域の魅力にふれる旅

山口県下関市、800年の歴史を誇る川棚温泉の入り口に、ちょっと変わった名前の施設があるのをご存知ですか?その名も「とんがりぼうし豊浦」。

「ふれあいのユートピア」をキャッチフレーズに、地元の特産品販売や観光案内、農業体験などを通じて、訪れる人と地域をつなぐ交流拠点となっています。今回は、川棚温泉観光の際にぜひ立ち寄りたい、このユニークなスポットの魅力をご紹介します。


🥬 週末は早起きしてGO!人気の「青空市」

とんがりぼうし豊浦の最大の魅力は、週末(土・日・祝)に開催される「青空市」です。

地元・豊浦町で採れたばかりの新鮮な野菜や果物、お米、花などがずらりと並びます。生産者直売ならではの安さと新鮮さが評判で、地元の方だけでなく観光客にも大人気。午前中には売り切れてしまうこともあるそうなので、早めの時間が狙い目です。

また、豊浦町特産の「高橋酢」や「菊川そうめん」といった加工品も購入でき、お土産探しにも最適です。

👐 「作る・育てる」を楽しむ体験教室

ただ買うだけでなく、実際に体験できるのもここの特徴。

施設内の研修室や加工室では、季節に合わせて様々な体験教室が開催されています。

  • そば打ち教室
  • お菓子作り教室
  • しめ縄作り体験(年末)

さらに、都市部に住む方に向けて「レンタル農園(ファミリー農園)」の斡旋も行っており、土に親しみながら野菜を育てる喜びを体験する場も提供しています。

♨️ 川棚温泉観光の拠点として

施設内には観光パンフレットなどが揃うインフォメーション機能もあり、川棚エリアの散策拠点としても便利です。

近くには、コスモスや菜の花の名所として知られる「リフレッシュパーク豊浦」や、国の天然記念物「川棚のクスの森」、そしてもちろん「川棚温泉」の温泉街があります。

名物「瓦そば」のお店情報などをここで仕入れてから、温泉街へ繰り出すのもおすすめのルートです。


ℹ️ 基本情報&アクセス

項目内容
施設名とんがりぼうし豊浦(下関市豊浦自然活用総合管理センター)
住所〒759-6301 山口県下関市豊浦町大字川棚5262番地1
営業時間9:00~17:00
青空市土日祝の早朝~14:00頃(※売切次第終了の場合あり)
定休日毎週木曜日、年末年始
お問い合わせ083-774-3700

🚗 アクセス

  • 【車】 中国自動車道「小月IC」から約20分、「下関IC」から約30分
  • 【電車】 JR山陰本線「川棚温泉駅」からタクシーで約5分(徒歩約20分)

💖 まとめ

新鮮な農産物に出会える「青空市」や、地域の文化に触れる体験教室など、川棚の魅力がぎゅっと詰まった「とんがりぼうし豊浦」。

温泉で癒やされる前に、あるいはその後に。地域の温かさに触れられるこの場所へ、ぜひ立ち寄ってみてください。

【下関・彦島八幡宮】海から現れた黄金の鏡!?神秘の伝説と「サイ上り」神事のルーツ

【下関・彦島八幡宮】海から現れた黄金の鏡!?神秘の伝説と「サイ上り」神事のルーツ

下関市の彦島に鎮座する「彦島八幡宮(ひこしまはちまんぐう)」。

地元で親しまれるこの神社には、海から引き揚げられた**「光り輝く鏡」**にまつわる神秘的な伝説と、ユニークな掛け声で知られる神事のルーツが秘められています。

今回は、伊豫(いよ)水軍の武将が導かれた不思議な運命と、彦島八幡宮の知られざる歴史ロマンをご紹介します。


✨ 海上で発見!紫の雲と黄金の光

彦島八幡宮の始まりは、平安時代末期にさかのぼります。

キーパーソンとなるのは、伊豫水軍の祖であり、伊豫の国(現在の愛媛県)勝山城主であった**河野通次(こうのみちつぐ)**という武将です。

保元の乱に敗れて彦島へ逃げ延びた通次は、武士を捨て、この地で永住することを決意します。

それから20年後のある日、彼が沖で漁をしていると、信じられない光景に遭遇します。

海上に紫色の雲がたなびき、黄金色に光る物体がある…!

通次が網でそれを引き揚げてみると、なんとそれは**八幡尊像が裏に刻まれた「明鏡(鏡)」**でした。


⛩️ 「光格殿」から始まった神社の歴史

この奇跡を「一族の護り本尊」として喜んだ通次は、海辺の小島に祠(ほこら)を建て、その鏡を祀りました。

その祠は**「光格殿(こうかくでん)」**と名付けられ、これが現在の彦島八幡宮の発祥とされています。

その後、正平4年(1349年)に、通次の四代孫である道久が神託を受け、現在の鎮座地である「宮ノ原」に社殿を造営し、遷宮を行いました。


🗣️ 「サァ揚らせ給う!」サイ上り神事の起源

彦島八幡宮に伝わる独自の神事**「サイ上り」**。

その起源もまた、河野通次のエピソードに由来しています。

通次は、森の楠(くすのき)で彫った八幡尊像を光格殿に奉納した際、武運長久と一族の繁栄を祈り、感極まってある言葉を叫びながら踊りました。

「サァ揚(あが)らせ給(たま)う!!」

この時の「サァ、神様がお上がりになるぞ!」という喜びの叫びと舞が、現在まで伝わる「サイ上り」神事の始まりだと言われています。


ℹ️ 基本情報&アクセス

歴史と伝説が息づく彦島八幡宮。

境内を歩けば、開拓の祖・河野通次が見た神秘的な光の記憶を感じられるかもしれません。

項目内容
スポット名彦島八幡宮
所在地山口県下関市彦島迫町5丁目12-9
お問い合わせ083-266-0700

🚗 アクセス

  • 【バス】
    • JR「下関駅」からバスで約14分、「東圧正門前」下車、徒歩3分
  • 【車】
    • 中国自動車道「下関IC」から約14分

💖 まとめ

敗走の末にたどり着いた島で、光る鏡に出会い、新たな歴史を刻んだ河野通次。

彦島八幡宮は、そんなドラマチックな伝説に彩られた場所です。

下関を訪れた際は、彦島の総氏神様へ参拝し、古のロマンに触れてみてはいかがでしょうか?

【下関】2000年の眠りから覚めた奇跡!「大賀ハス」が咲く土井ヶ浜弥生パーク

2000年前の地層から見つかった一粒の種が、現代に花を咲かせたとしたら…?

まるで映画のような「奇跡の物語」を持つ花が、下関市の「土井ヶ浜弥生パーク」で見られるのをご存知ですか?

その名は「大賀ハス(おおがはす)」。

太古のロマンを秘めた、美しくも神秘的なピンクの花をご紹介します。


🌸 世界が感動!「2000年前の種」復活ストーリー

大賀ハスの物語は、昭和26年(1951年)に始まります。

植物学者の大賀博士らが、千葉県検見川の泥炭層を掘り進め、3粒の古蓮実(ハスの実)を発見しました。

博士の懸命な発芽処理の結果、そのうちのたった一株だけが成長に成功。

そして翌年の昭和27年7月18日、ついに2000年の眠りを破り、淡い紅色の花を咲かせたのです。

このニュースは「世界最古の花の復活」として世界中を駆け巡り、多くの人々に感動を与えました。


✨ 「古代蓮」の美しさと見頃

別名「二千年蓮(にせんねんはす)」や「古代蓮」とも呼ばれるこのハス。

現代のハスとは一味違う、その特徴と見頃をチェックしましょう。

  • 特徴: 淡い紅色をした、大型の一重(ひとえ)咲きの花が特徴です。優雅で気品ある姿は必見です。
  • 見頃: 例年6月中旬から開花が始まります。
  • 広がり: たった一粒から始まった命は、今では国内外150箇所以上に株分けされ、平和と友好のシンボルとして大切に育てられています。

弥生時代の遺跡がある「土井ヶ浜」で、同じく弥生時代(約2000年前)のハスを眺める…。

そんな悠久の時を感じる特別な体験ができるスポットです。


ℹ️ 基本情報&アクセス

項目内容
スポット名大賀ハス(土井ヶ浜弥生パーク)
所在地〒759-6101 山口県下関市豊北町神田上891-8
見頃例年6月中旬より
お問い合わせ083-788-1841(土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム)

🚗 アクセス

  • 【バス】
    • JR山陰本線「長門二見駅」からバスで約15分、「土井ヶ浜」バス停下車、徒歩3分
  • 【車】
    • 中国自動車道「下関I.C」から約63分

💖 まとめ

2000年の時を超えて蘇った奇跡の花、「大賀ハス」。

その淡く美しいピンク色は、見る人に生命の神秘と感動を伝えてくれます。

初夏の風を感じながら、土井ヶ浜弥生パークで古代ロマンに浸るひとときを過ごしてみませんか?

 

【下関】弘法大師ゆかりの「附野薬師」と奇岩「俵石」の絶景

山口県下関市豊北町、美しい海士ヶ瀬(あまがせ)を眼下に望む丘の上に、弘法大師空海ゆかりの古刹「附野薬師東山寺(つくのやくしとうざんじ)」があります。

ここには、眼病治癒のパワースポットとしての信仰だけでなく、自然が作り出した不思議な巨石「俵石(たわらいし)」や、幕末の志士・吉田松陰も愛した庭園など、見どころが満載です。

今回は、歴史と自然、そして信仰が織りなす神秘の空間をご紹介します。


🙏 弘法大師伝説と「眼病治癒」のパワースポット

嵐を鎮めた薬師如来

寺の縁起は古く、平安時代の806年にさかのぼります。

唐から帰国した弘法大師空海が、この地で暴風雨に遭遇した際、自ら彫刻した薬師如来に祈ると嵐が収まったという伝説が残されています。

大師が無事に上陸し、尊像を安置したことが、この寺の始まりであり、「附野(つくの)」という地名の由来になったとも言われています。

目の神様として信仰を集める

また、江戸時代には夢のお告げにより眼病治癒の灸が授けられたことから、現在でも眼病治癒や安産、航海安全の霊仏として多くの信仰を集めています。

秘仏である御本尊は、7年に一度だけ御開帳されます。


🪨 まるで積み上げた俵!?奇岩「俵石」

境内でひときわ目を引くのが、下関市指定文化財でもある「俵石(たわらいし)」です。

自然が生んだ造形美

玄武岩特有の「柱状節理」と呼ばれる割れ目が横方向に走っており、その姿はまるで米俵を積み重ねたよう。自然の力が作り出したユニークで神秘的な景観は必見です。

吉田松陰も愛した「観涛園」

この俵石を含む庭園は「観涛園(かんとうえん)」と呼ばれ、明治維新の先覚者・吉田松陰も訪れています。

松陰先生はこの景色に感銘を受け、「播き尽きぬ宝の種や俵石」という歌を詠み残しました。


ℹ️ 基本情報&アクセス

海を望む絶好のロケーションで、歴史と自然のパワーを感じてみませんか?

項目内容
スポット名附野薬師東山寺(つくのやくしとうざんじ)
所在地下関市豊北町神田附野
ご利益眼病治癒、安産、航海安全
文化財俵石(下関市指定文化財)
お問い合わせ083-786-0243

🚗 アクセス

  • 【バス】
    • JR山陰本線「特牛(こっとい)駅」からバスで約13分、「薬師寺」バス停下車、徒歩2分
  • 【車】
    • 中国自動車道「下関I.C」から約72分

💖 まとめ

弘法大師が開いた歴史ある寺院と、自然のアート「俵石」。

眼下に広がる海士ヶ瀬の絶景とともに、心身を癒やすひとときを過ごせるスポットです。

近くには絶景で有名な「角島大橋」もありますので、ドライブの立ち寄りスポットとしてもおすすめですよ!

【下関】人柱となった遊女「お亀」の伝説。亀山八幡宮の「お亀銀杏」に秘められた物語

下関市の唐戸エリアに鎮座する「亀山八幡宮(かめやまはちまんぐう)」。

「カメ山」という愛称や、世界最大のふくの像があることで有名な神社ですが、ここにはある一人の女性の、悲しくも美しい伝説が語り継がれています。

その女性の名は、お亀(おかめ)。

かつて人柱となり、荒れ狂う海を鎮めた遊女の物語と、彼女を祀る「お亀銀杏(おかめいちょう)」のパワースポットとしての魅力をご紹介します。


🌊 激流を鎮めるために。遊女「お亀」の決断

物語の舞台は、江戸時代初期。

当時、亀山八幡宮の一帯は島でしたが、街の発展のために陸続きにする埋め立て工事が行われていました。

しかし、関門海峡の急流によって埋めても埋めても土砂が流され、工事は難航を極めます。そこで、ついに「人柱(ひとばしら)」を立てることが決まりました。

「私の命が役に立つなら」

その時、自ら名乗り出たのが、稲荷町(現在の赤間町)の遊女「お亀」でした。

彼女は疱瘡(ほうそう)を患い、顔にアバタ(痕)が残っていたといいます。

「自分の命が町の人々の役に立つなら」と、お亀は尊い決断を下しました。

月明かりの夜、白衣に身を包んだお亀は海へと消えていきました。すると不思議なことに潮の流れは穏やかになり、工事は無事に完成したと伝えられています。


🍂 無病息災のパワースポット「お亀銀杏」

人々はお亀の功績を称え、境内にイチョウの木を植えて「お亀イチョウ」と名付けました。

アバタ模様の銀杏

不思議なことに、このイチョウは秋になると「無数の斑点」がある実をつけることから、「お亀ギンナン」と呼ばれるようになりました。

この斑点は、お亀さんの顔のアバタの名残だと言い伝えられています。

ご利益

明治時代には天然痘除けのお守りとして信仰されましたが、現在では無病息災、延命長寿のご利益があるとして人気を集めています。


💃 博多どんたくのルーツ?「八丁浜踊り」

お亀の犠牲によって埋め立てられた浜は「八丁浜(はっちょうはま)」と呼ばれました。

毎年5月の五穀祭では、彼女の功績を称える「八丁浜踊り」が奉納されます。

「八丁浜エラヤッチャ」という独特の囃子に合わせて杓文字(しゃもじ)を叩きながら踊るこの祭りは、実は福岡の**「博多どんたく」のルーツ**とも言われています。


ℹ️ 基本情報&アクセス

唐戸市場やカモンワーフからもすぐ近く。

観光の合間に、亀山八幡宮へお参りして、お亀さんの伝説に触れてみませんか?

項目内容
スポット名亀山八幡宮(おかめ明神・お亀銀杏)
所在地下関市中之町1-1
ご利益無病息災、延命長寿
お問い合わせ083-231-1323

🚗 アクセス

  • 【バス】
    • JR「下関駅」からバスで約7分、「唐戸」バス停下車、徒歩5分

💖 まとめ

悲劇的な人柱の伝説と、それを感謝し続ける人々の想いが詰まった「お亀銀杏」。

亀山八幡宮を訪れた際は、海を見下ろす境内にあるイチョウの木やお亀明神に、静かに手を合わせてみてはいかがでしょうか。

 【川棚温泉】守護神「青龍」の伝説!病を癒やす不思議な湯の物語

下関市の奥座敷として知られる「川棚温泉(かわたなおんせん)」。

肌に優しい美肌の湯として人気ですが、実はここには、古くから語り継がれる**「青龍(せいりゅう)」の伝説**があることをご存知でしょうか?

かつてこの地を守り、一度は失われ、そして奇跡的に復活した温泉と龍の物語。

今回は、温泉に浸かるのがもっと感慨深くなる、川棚温泉に秘められた深い歴史とパワースポットをご紹介します。


🐉 悲劇と奇跡。青龍と温泉の始まり

物語はずっと昔、この地がまだ深い森だった頃にさかのぼります。

そこには**水の神様として一匹の「青龍」**が住む泉があり、どんな日照りでも枯れることなく、人々の生活を豊かに潤していました。

大地震と温泉の湧出

しかし、ある日突然の大地震がこの地を襲います。

泉は埋まり、住処を失った青龍は悲しみのあまり亡くなってしまいました。その後、困り果てた村人が青龍を祀り、泉の跡地を掘ってみると……なんとそこから温泉が湧き出したのです。

不思議なことに、このお湯を浴びた人々は病気が治り、元気を取り戻したといいます。これが川棚温泉の始まりと言われています。


🙏 夢のお告げで復活!薬師如来と怡雲和尚

時は流れて応永年間(1394〜1427年)。

一度は枯れてしまっていた温泉ですが、この地を再び日照りと疫病が襲った時、奇跡が起きます。

薬師如来の導き

人々を救いたいと祈り続けた三恵寺の怡雲(いうん)和尚の夢枕に、薬師如来が現れました。

薬師如来は、かつての青龍伝説と不思議な温泉の物語を告げます。

そのお告げを信じて和尚と村人が地面を掘り起こすと、見事に温泉が復活!

その湯は再び多くの人々の病気を治し、村に平穏を取り戻しました。以来、村人たちは**青龍を温泉と村の「守護神」**として大切に祀り続けています。


⛩️ 今も息づく伝説。「松尾神社」と「青龍湖」

この伝説は、形を変えて現在の川棚温泉にも息づいています。

守護神を祀る「松尾神社(青龍権現)」

温泉街にある「松尾神社」は、かつて青龍権現とも呼ばれていました。

ここでは京都の松尾神社からの御分霊とともに、温泉の源に住んでいた青龍もあわせて祀られていると伝えられています。

温泉が枯れることなく湧き続けているのは、今も青龍が守ってくれているからかもしれません。

新たなシンボル「青龍湖」

また、平成13年(2001年)に完成した舟郡(ふなごおり)ダムは、この伝説にあやかって「青龍湖(せいりゅうこ)」と名付けられました。

伝説は現代にも引き継がれ、地域の人々に愛され続けています。


ℹ️ 基本情報&アクセス

項目内容
スポット名川棚温泉(青龍伝説・松尾神社)
所在地下関市豊浦町川棚湯町
お問い合わせ083-772-0296(川棚温泉観光協会)

🚗 アクセス

  • 【バス】
    • JR山陰本線「川棚温泉駅」からバスで約4分、「川棚温泉」下車すぐ
  • 【車】
    • 下関I.Cから約32分
    • 小月I.Cから約27分

💖 まとめ

村を守るために尽くした青龍と、それを大切に守り抜いてきた人々の祈り。

川棚温泉の温かいお湯には、そんな深い物語が溶け込んでいます。

次の休日は、伝説の守護神「青龍」に見守られた名湯で、心も体も癒やされる旅に出かけてみませんか?

【下関・長府】実はここが日本初!?「蚕種祭」で触れる養蚕発祥の歴史ロマン

歴史の街・下関市長府。

城下町の風情が残るこの街に、ある意外な「日本初」の歴史が刻まれていることをご存知ですか?

それは、日本の伝統産業である**「養蚕(ようさん)」**。

実はここ下関は、日本における養蚕発祥の地とされているのです。

その歴史と伝統を今に伝える神事「蚕種祭(さんしゅさい)」が、毎年3月28日に忌宮神社(いみのみやじんじゃ)で執り行われます。

今回は、古代ロマンあふれる伝説と、貴重な伝統行事の魅力をご紹介します。


🐛 1800年前の贈り物。秦の始皇帝の子孫が伝えた「蚕種」

物語は今から約1800年も昔にさかのぼります。

秦の始皇帝の子孫といわれる**功満王(こまおう)**が、この地で仲哀天皇に「蚕種(さんしゅ=蚕の卵)」を献上しました。

これが、日本における養蚕の始まりと伝えられています。

山口県最大級!「蚕種渡来の地」の碑

忌宮神社の境内には、この歴史的な出来事を記念して昭和8年(1933年)に建立された**「蚕種渡来の地」の碑**がそびえ立っています。

高さ約6.3メートル、重さ約37.5トンという自然石を使った石碑は、山口県内でも最大級の大きさ。

全国からの寄付によって建てられたこの堂々たる姿は、ここが日本の絹文化のルーツであることを力強く物語っています。


🧶 毎年3月28日開催!伝統技を見る「蚕種祭」

毎年3月28日には、蚕の豊作と産業の繁栄を祈願して「蚕種祭」が開催されます。

このお祭りの見どころは、なんといっても伝統的な技の実演です。

生糸つむぎと機織りの実演

祭典では、実際に生糸をつむぐ様子や、機織(はたおり)の実演が行われます。

昔ながらの道具を使い、繊細な手つきで糸を紡ぎ出していく光景は、日本のものづくりの原点を見るかのよう。

普段はなかなか目にすることのできない貴重な養蚕文化を、間近で肌で感じることができる特別な一日です。


ℹ️ 基本情報&アクセス

歴史ある長府の街並み散策とあわせて、ぜひ訪れてみてください。

項目内容
イベント名蚕種祭(さんしゅさい)
開催日毎年3月28日
開催場所忌宮神社(山口県下関市長府宮ノ内町1-18)
見どころ蚕種渡来の地の碑、生糸つむぎ・機織りの実演
お問い合わせ083-245-1093(忌宮神社)

🚗 アクセス

  • 【バス】
    • JR「長府駅」からバスで約7分、「城下町長府」下車、徒歩5分
    • JR「下関駅」からバスで約23分、「城下町長府」下車、徒歩5分

💖 まとめ

1800年前に海を渡ってきた小さな蚕の卵が、やがて日本の着物文化を支える大きな産業へと育っていきました。

巨大な石碑を見上げ、糸を紡ぐ音に耳を傾ければ、悠久の時を超えた歴史ロマンを感じられるはずです。

春の長府で、日本のルーツに触れる旅を楽しんでみませんか?

【下関】壇ノ浦の悲劇「平家の一杯水」伝説!歴史ロマン散策

源平合戦の最後の舞台として知られる、山口県下関市の「壇ノ浦(だんのうら)」。

ここには、平家滅亡の悲劇を今に伝える、少し切なく、不思議な伝説が残されています。

その名も「平家の一杯水(へいけのいっぱいやる)」。

寿永4年(1185年)、栄華を極めた平家一門が海へと散ったこの場所で、一体何が起きたのか?

今回は、歴史と文学が織りなす物語を辿りながら、赤間神宮や周辺の史跡を巡る歴史散策へとご案内します。


🌊 栄華の夢が散る。壇ノ浦の戦いと安徳天皇

物語の舞台は、平安時代末期の寿永4年(1185年)3月24日。

関門海峡の激流の中で、源平合戦のクライマックス「壇ノ浦の戦い」が繰り広げられました。

平知盛(たいらのとももり)率いる平家軍は、源義経(みなもとのよしつね)率いる源氏軍の猛攻を受け、壮絶な海戦の末に敗北。

敗戦を悟った平家一門は、次々と海へ身を投じていきました。

その中には、わずか8歳という幼さの**安徳天皇(あんとくてんのう)**の姿も。

祖母である二位ノ尼(にいのあま)に抱かれ、「波の下にも都がございます」という言葉と共に、幼い帝は海へと消えていったのです。


💧 伝説「平家の一杯水」とは?

戦いに敗れ、命からがら岸にたどり着いた平家の武将たち。

傷つき、極限の喉の渇きに苦しむ彼らが、波打ち際にわずかな水溜まりを見つけたことから、この伝説は始まります。

一口目は真水、二口目は…?

武将がその水を掬って飲むと、なんとそれは真水でした。

「ああ、ありがたい」と喉を潤し、救われた思いでもう一口飲もうとすると、不思議なことにその水は塩辛い海水に変わっていたといいます。

この不思議な逸話は、水さえも自由に飲ませてもらえなかった平家一門の無念や悲哀を象徴する物語として、「平家の一杯水」の名で今も語り継がれています。


⛩️ 赤間神宮と歴史散策

壇ノ浦の海岸沿いには、この悲劇の歴史を伝える史跡が数多く点在しています。

安徳天皇を祀る「赤間神宮」

竜宮城のような朱色の水天門が美しい「赤間神宮」。

ここには、入水した安徳天皇が祀られており、境内には「七盛塚(ななもりづか)」と呼ばれる平家一門の供養塔も建立されています。

「平家の一杯水」の碑などの史跡とあわせて巡ることで、歴史の重みと文学的なロマンを肌で感じることができるでしょう。


ℹ️ 基本情報&アクセス

項目内容
スポット名平家の一杯水(史跡)
所在地山口県下関市前田
関連スポット赤間神宮、壇ノ浦古戦場跡
お問い合わせ083-231-1350(下関市観光振興課)

🚗 アクセス

  • 【バス】
    • JR「下関駅」からバスで約15分、「前田」バス停下車、徒歩5分
  • 【車】
    • 下関ICから約20分
  • 【徒歩】
    • JR「下関駅」から約40分(海沿いの散策におすすめ)

💖 まとめ

わずか一杯の水にさえ拒まれた、平家の武将たちの無念。

そして、海に沈んだ幼き天皇の悲劇。

美しい関門海峡の景色の中に秘められた、日本史に残るドラマチックな物語に思いを馳せながら、下関・壇ノ浦を歩いてみませんか?