「海峡周辺」カテゴリーアーカイブ

関門連絡船・唐戸桟橋ボードウォーク

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 唐戸と門司港レトロ地区をわずか5分の時間で、1日40往復以上を運行している関門連絡船と、巌流島連絡船・観光周遊船がここから発着しています。

 関門海峡を航行する大型船舶や釣り船を避けながらの航行、時間帯によって海峡が急流となるため、かなり大回りに航行するなど直線的な航行の困難な海峡ですが、船上からの眺めは素晴らしく、まさにミニクルージング気分を味あわせてくれます。

 ボードウォークは、埠頭の灯台とともにライトアップに包まれる夜景もロマンチックで、散策にぴったりです。

 所在地  下関市あるかぽーと

 交通   JR下関駅からバス7分「唐戸」下車、徒歩2分

 問い合わせ 関門汽船 083-222-1488

 

 

 

 

 

 

恋人灯台

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 防波堤に海を隔てて向かい合う赤と白の2つの灯台は恋人灯台と呼ばれ、恋人同士が両方の灯台に触れて愛を誓うと必ず結ばれるといわれています。

 カップルでお越しの方は是非試してみてください、願い事が実現するかも…

 所在地  下関市あるかぽーと

 交通   JR下関駅からバス7分「唐戸」下車、徒歩5分

 問い合わせ 下関観光情報センター  083-231-4141

 

 

 

 

 

 

 

 

市立しものせき水族館 海響館

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 「海のいのち、海といのち」をメインコンセプトにした水族館。

 世界でも数体しかない、シロナガスクジラの全長26mの骨格標本展示をはじめ、世界中のふぐの展示、約900トンという大型スケールで海峡の潮流が再現される「関門海峡潮流水槽」、関門海峡を背景にイルカとアシカのショーが楽しめるアクアシアターなど、見どころいっぱいです。

 磯の生き物を直接触ることができるタッチングプールや、パソコンで好きな色を塗って、水槽で泳がすことができるバーチャル水族館などは、子どもたちに大人気です。

 所在地  下関市あるかぽーと6-1

 交通   JR下関駅からバス7分「唐戸」下車、徒歩4分

 問い合わせ (財)下関海洋科学アカデミー 083-228-1100

下関南部町(なべちょう)郵便局

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 明治33年(1900)に建てられた下関に現存する一番古い西洋建築です。

 設計は逓信省(ていしんしょう)技師の三橋四郎で、外壁のレンガは厚さ60センチという堅固なものです。また、国内最古の現役郵便局舎でもあります。

 建設当初の雰囲気を残す中庭と建物に関する資料展示コーナーもあります。

 所在地  下関市南部町22-8

 交通   JR下関駅からバス7分「唐戸」下車、徒歩1分

 問い合わせ 下関南部町郵便局 083-222-0161

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教法寺

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 萩本藩の門閥士族で結成された先鋒隊と奇兵隊は、ことあるごとに対立を重ねていましたが、文久三年(1863)8月16日ついにここ先鋒隊の宿舎である教法寺で衝突し、病気で寝ていた先鋒隊の隊士が切り殺されました。

 この事件後、高杉晋作は奇兵隊総督を免ぜられ、奇兵隊は下関防御の任を解かれ9月6日船で秋穂に移動させられました。

 所在地  下関市赤間町3-16

 交通   JR下関駅からバス7分「唐戸」下車、徒歩約3分

 問い合わせ 教法寺 083-222-2398

 

 

 

 

 

 

 

本行寺

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 境内左側に、元治元(1864)年8月の下関戦争で、戦死した11人の名を刻んだ戦士の塚や、慶応2年(1866)の小倉戦争で、上半身裸のまま自分の小隊を率いて敵の砲台に突撃し、戦死した山田鵬輔はじめ奇兵隊士の墓があります。

 所在地  下関市赤間町3-12

 交通   JR下関駅からバス7分「唐戸」下車、徒歩約4分

 問い合わせ 本行寺 083-222-2406

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稲荷町・稲荷神社

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 昭和20年代まで稲荷町と呼ばれたこの地の町名は、大同4年(809)の創建と伝えられる稲荷神社に由来するもので、北前船の寄港で賑わった江戸時代には、平家生き残りの官女らとの血縁が語られる遊女に端を発した、格式の高い花街として広くその名を知られた裏町がありました。

 最盛時には、大坂屋を中心とした花魁芝居や先帝祭の上臈参拝行事の起源の地としても知られ、また幕末維新の頃には高杉晋作、伊藤博文ら若き志士たちもこの界隈を往来していたそうです。

現在街並みは変わり、わずかに稲荷神社が往時を偲ばせてくれます。

 所在地  下関市赤間町5番

 交通   JR下関駅からバス7分「唐戸」下車、徒歩約7分

 問い合わせ 下関市観光振興課 083-231-1350

林芙美子生誕の地碑

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 林芙美子は明治36年(1903)に、田中町の五穀神社入口にあったブリキ屋の2階で生まれたと言われており、この神社の鳥居横には「林芙美子生誕地之碑」が立っています。

 出世作『放浪記』で「私が生まれたのは下関の町である」と記した林芙美子。

 第一学年から第四学年まで在籍していた名池小学校の資料室には、彼女の学籍簿が展示されています。

 昭和26年(1951)心臓まひで急逝しました。

 所在地  下関市田中町1番五穀神社入口付近

 交通   JR下関駅からバス8分「西之端」下車、徒歩約3分

 問い合わせ 下関市観光振興課 083-231-1350

 

 

 

 

永福寺

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 永福寺の言い伝えによれば、推古天皇の十九年(62)に百済の聖明王の王子琳聖太子が來朝された際、ここに一宇を建て念持仏観音像を安置したことに始まると言われています。

 初めは天台宗でしたが、のち衰微して荒れるにまかせていたのを嘉暦二年(1327)に規模を拡大し、鎌倉の人で南禅寺三世平田慈均禅師が、ここに住みつき永福寺の開山となり臨済宗の道場に改めました。

 江戸時代には、下町がますます繁栄して行くと同時に、大年寄佐甲家の保護もあり寺運はいよいよ開けて行きました。

 大正六年に町中(現在の山口銀行旧本店付近)から背後の現在の高台へ移転しましたが、昭和二十年(1945)七月の戦災で、室町時代の初期に属すると伝えられ、鎌倉の円覚寺舎利殿と同じ唐様建築として、国宝に指定されていた観音堂ほか諸堂ことごとく焼失しました。

 永福寺は毎年7月17日の「十七夜の観音」(千手観音)ご開帳の夜に幽霊の絵を公開する「幽霊祭」で有名です。

 所在地  下関市観音崎町8-2

 交通   JR下関駅からバス4分「三百目」下車、徒歩7分

 問い合わせ 永福寺 083-223-5841

 

アンカー広場とあるかぽーと岸壁

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 国道9号と関門海峡に挟まれた小さな緑地に大きな錨のモニュメントがあり、モニュメント越しに見る船や海峡は、なかなかの風情があります。

 このあたりの海岸は旅客船用の岸壁のため、係船柱などもも景観を意識してつくられていますので、夜景もとても綺麗です。

 所在地  下関市あるかぽーと3番

 交通   JR下関駅からバス4分「三百目」下車、徒歩約3分

 問い合わせ 下関市観光振興課 083-231-1350