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功山寺山門

功山寺山門


 功山寺略年表によると、長享元年(1487)暴風雨で倒壊した山門を、安永2年(1773)10代藩主毛利匡芳が再建したとあります。
 山門は下関市指定文化財となっています。
   指定年月日 昭和四十五年三月四日
 この壮大な二重櫓造りの功山寺山門は、安永二年(1773)長府藩主 十代 毛利匡芳の命により建立(再建)されたものです。
 
 山門(三門)とは、本堂に入るのに通らねばならない門、三解脱門(空・無相・無作)にたとえ、その略からといわれています。禅宗の門にみられる三間三戸二重門。二階楼上に釈迦・十六羅漢を置くのが普通ですが、この櫓の中には市指定文化財(彫刻)の二十八部衆立像が、国宝の仏殿の中から移されて安置されています。
 
 建築様式の特色として、土間に自然石の礎石(礎盤)を並べ、本柱四本と控柱八本で支えられた重厚な門、入母屋造り、本瓦で葺かれた屋根は見事な反りを見せています。
 
 また、櫓を支えている太い十二本の柱は全て円柱で柱の上部を僅かに円く削り込み、その下部先端は急に細めた、粽型となっています。
 
 山門の建築資材は、これまで度々修理が施されていますが、その箇所を除いて、すべて欅の素木を用いて建てられています。
 
 木鼻等の彫刻物、および組物を含め簡素な中にも重厚さを秘めた功山寺の山門は、この時代の禅宗様式を今に伝える貴重な文化財です。
 
 

施設情報

 住所

山口県下関市長府川端一丁目

 

交通

JR下関駅からバス23分「城下町長府」下車、徒歩10分

問い合わせ

功山寺 083-245-0258